ゆひら
高橋源一郎に「俵万智が三百万部売れたのなら、この歌集は三億冊売れてもおかしくないのに」と評された穂村弘の第1歌集『シンジケート』は第32回角川短歌賞次席だった。その第32回角川短歌賞受賞作は俵万智の『サラダ記念日』。それぞれの代表作は以下の通り。
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日 俵万智
はい。わかります。新鮮です。私には書けません。
体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ 穂村弘
先生からの出題は 穂村弘だった。この一首はざっくりとこんな感じ。
体温計をくわえたまま窓に額をつけて「ゆひら」と騒いでいるから何を騒いでいるのかと思ったら、なんだ、雪のことか。
この情景をどう説明するか。10人いたら10通りの解釈が在り得るだろう。
「ゆひら」とは何ですか? この二人の関係は恋人?夫婦?それとも大人と子供? 年齢は何歳くらい? なぜ窓に額を付けたのですか? この時の窓の状態は? さわぐ、の様子は? ことかよ、で表現される気持ちは?
中高入試問題を長年作成されていた先生にとっては、穂村弘のこの一首がとても興味深い素材であったことは間違いない。はい、合格させていただけますように模範解答を作成いたします。お時間は無制限でお願いします。
菫は2種類の解答を用意した。解答(a)と 解答(b)。
解答(a)は先生のご期待通りの模範解答にまとめて 先生からもおおむね正解とのお返事をいただいた。解答(b)は 模範解答を意識せずに個性的な解答を作成した。こちらについては 先生と菫とで細かいところの解釈がかなり違った。先生からは、君の解答(b)は正解ではない、との評価がついた。
・この体温計は、普通の体温計か、それとも基礎体温計か
・この彼女は素直で無邪気で可愛いのか、それとも それらしく振舞うあざとい女子か
先生の正解は一つで、つまり許せるのは解答(a)のみ。普通の体温計、無邪気な彼女、そこは譲れないというものだった。穂村弘が後にこの歌の解釈を自身の著作のなかで短く説明しているが、やはり先生が正解だった。基礎体温がなんとか、という解釈もあるようだが、そんなつもりはなかった、と。文学作品は一旦作者の手を離れてしまえば、もうあとは読み手のものである。まあ、穂村弘も先生も、本当の女の怖さを御存知ないのだ。男性は皆さまロマンチストでいらっしゃるので。
それはさておき、この歌の魅力は 何といっても「ゆひら」という言葉の響きだと思う。菫も実際に体温計をくわえて「雪だ」と言ってみた。「ゆひら」と響いたかどうかはわからない。体温計のくわえ方にもよるし。ただ、きちんと体温を測ろうとしたら、額を窓につけた体勢で何かを話すのは絶対に無理だ。ゆひら、ゆひら、ゆひら・・・。体温計をくわえなくても、「ゆひら」と声に出すだけで、「ゆひら」という柔らかな優しい響きが真っ白でふわふわした雪をイメージさせてくれる。
テレビの天気予報で「日本海側は今夜から雪となるでしょう」と伝えている。
・・・「ゆひら」。
「富士山は五合目まで真っ白な景色となっています」とのニュース映像。
・・・「ゆひら」。
ダメージが目立つ、このヴィンテージのチョーカー。
・・・「ゆひら」。
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