指輪ケース~銀とH紺
七宝釉薬の色の名前は、誰がつけたのだろう。
「中赤」と「H紺」という色は、ひさにとって特別な色だ。
この2色をきれいに焼けるかどうかで技術レベルがわかるという。
菫にとっては「中赤」は明るいエンジ色、「H紺」は濃い瑠璃色なのだが、ひさは全然違うと言う。高貴な色かそうでないか。宝石以上の輝きと透明感がどこまで引き出されているか。
その指輪の銀の純度はわからない。ほぼ純銀に近い銀だとひさは言っていた。
ひさが考えているデザインの彫金を施すのに一番ふさわしい銀の純度はどの程度か。
その彫金に耐えうる銀の厚みはどのくらいか。厚すぎては指の負担となってしまう。
自分自身の右手の薬指を最高に美しく見せるための自作の指輪を、ひさはなかなか娘に譲ってはくれなかった。「あなたにはこれは無理、絶対に作れない。この線のすごさがわかる?」そう自慢しながら何十年も大切に愛用していた。
「これはあなたが持っていなさい。」
ひさが菫にこの特別な指輪をついに渡したとき、この指輪にふさわしいケースを用意するように言った。ひさはお気に入りの自作の指輪はしまい込まず、いつでもつけられるようにリビングボードの上のウェッジウッドの白い小さな器にばらばらと置いていた。特別な時以外 菫が指輪をつけないことをひさは少し不満に思っている。普段からもっとお洒落にしなさい、というのがひさの口癖だ。
「上品な青のビロードのケースにしてね。H紺みたいな。カルティエの赤みたいなのは銀にはダメよ。原則は、何度も言ってるけど、中赤には金、H紺には銀。鎖も枠も。その方がすっきり見えるから。」
きっとしまい込むであろう銀の指輪。そのケースにたいする作家としてのこだわり。
菫はそんなことはどうでもいいと思っている。銀と合う中赤もあれば、金と合うH紺もある。それは好みの問題。特にこだわりはない。
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